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東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)23号 判決

原告 京阪神急行電鉄株式会社

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告代理人は特許庁が同庁昭和二十五年抗告審判第四五九号事件につき、同年十月十八日なした審決はこれを取り消す、との判決を求めると申し立て、その請求原因として次の通り陳述した。

(一)  本件商標は、原告会社経営の一部門である宝塚歌劇団の紋章として数十年来世人に周知せられてきた「リラ)Lyra)」(古代ギリシヤの抱琴)の図形を描き、その中央に「TOC」(Takarazuka Opera Corporationの略語)の英字記号を横書し、図形の下部の胴体に「宝塚歌劇」の文字を弧状に横書し、該図形よりいづれも小ならしめた同大の「宝」及び「塚」の文字を図形の下方にこれと三角を形成する如く均等に按配、配置して記載し「図形」(右英字記号及び右「宝塚歌劇」の文字を含む、以下同じ)と「文字」とを一体的に包括的且つ不可分に構成して成つた「図形」と「文字」の結合商標であつて、第四類石鹸を指定商品とし、原告が特許庁に対し昭和二十四年七月八日登録出願(同年商標登録願第一一八〇五号)をしたものである。

(二)  本件審決引用に係る登録第一三九八〇八号商標は唯だ単に「宝塚」と縦書して成り、旧第四類石鹸を指定商品として大正十年七月十三日登録出願、同年十二月二十七日登録、昭和十六年七月十五日その商標権存続期間更新登録があつたものである。

(三)  よつて、右両商標を対比検討するに、

(1)「図形」と「宝」及び「塚」の二文字とが三角的外観を以て、包括一体的不可分に構成されている本件商標と唯だ単に「宝塚」の二文字より成る本件審決引用の登録商標とが外観上非類似であることは一見明であつて論義の余地はない。

(2)  又、本件商標においては、原告会社の経営の一部門である宝塚歌劇団の特定顕著な紋章「リラ」の図形との結合によつて、その下方の「宝塚」の文字は、宝塚なる地名を表示する一般的意味から離間して「宝塚歌劇の宝塚」又は「宝塚の宝塚歌劇」なる特定的意義を表現することになり、このように「図形」と文字とが不可分の関連をなして特定的意義を生じている本件商標に対し、唯だ単に「宝塚」なる地名を表示する一般的の意味を有するに過ぎない引用登録商標は、観念上においてもまた非類似であることは明白である。

(3)  前記のように、本件商標は「宝塚」の文字をその一構成部分とするに拘らず、「図形」との結合により、商取引や世人の社会通念上、不可分的且つ包括一体的の別個の存在となる本質や特質を有するものであり、これ恰も酸素なる気体が水素と不可分的一体的に結合(化合)し、酸素なる気体とは全く異つた水なる液体を生ずるような本質や特質を有しているのである。

(4)  本件審決が、本件商標は「宝塚」なる文字と「図形」との結合から成つているに拘わらず、単なる「宝塚」の文字のみから成つている引用登録商標と外観上及び観念上非類似であると認定したのは、商取引や世人の社会通念上、本件商標における図形と文字とのこの不可分の結合、化合的包括一体的の結合の本質や特質を看取せられたがために外ならないものと信ずる。

(四)  称呼に関し、本件審決は本件商標における「図形」から「ハアープ」印又は「ハアープテーオーシー」印という称呼を生じ、又文字から「宝塚」印の称呼を生ずると認定し、その構成上称呼の点において「図形」と文字との両者の間に軽重の差のないことはこれを認めているので「ーーー称呼に関しても、本願商標に於けるが如く文字と図形との結合に依りて成立し、其の構成上両者の間に軽重の差なきものに在りては、図形も亦該商標の重要なる構成要素の一に外ならざるを以て、特別の事情なき限り之を包括的に観察し、彼此相俟つて不可分の一体を為すものと観るを相当とすべく」(昭和十一年抗告審判第五七五号昭和十一年十二月八日審決、公報第五八五号)、従つて、本願商標からは「リラ宝塚」印の称呼を生ずるのを自然と認めなければならないものであり、これは引用登録商標の称呼である単なる「宝塚」印とは截然たる甄別性を有するものであり、両者の商標は称呼上においてもまた非類似のものである。

(五)  特許庁は

(1)  前記昭和十一年抗告審判第五七五号事件の審決において、牡丹の図形と「高貴」なる文字の商標の称呼は「ボタンコウキ」であるとなし、単なる「コウキ」なる称呼を生ずる登録第一四四八二〇号商標とは称呼上非類似であるとなし、

(2)  右の称呼上の法理に従い、図形と文字とから成る商標に関し称呼上の不可分的結合を認めて登録されている例が少くない(その登録例として五個の場合を挙示している)。

(六)  しかるに、本件審決は本件商標における図形と文字との商取引や社会通念上の不可分的結合性ある本質と特質とを外観上及び観念上において認定しながら、かかる場合称呼上においてもまた図形と文字との不可分的結合を肯認すべき法理を、一般世人に教示してきた在来の特許庁の審決例、登録例に準拠することなく、且つ何等特別事情がないのに拘わらず、本件商標における図形と文字との不可分的本質を敢て無視又は黙殺し、不可分的結合商標の一部分の文字のみを無理に分割して、これを抽出し独断的可分論を拉し来つて、強いて引用登録商標との称呼上の類似を認めんとしたのは、商取引や世人の社会通念を没却した不当の見解と信ずるから、本件審決の取消を求めるため本訴を提起した次第である。なお、本件審決においては、本願商標と引用に係る登録第一三九八〇八号商標とはその外観及び観念の点においては、互に類似していないことを認めているのである。被告は答弁において本願商標と右引用商標の称呼、観念とが類似している理由として、本件商標は「商取引者間ではむしろ宝塚の文字を商標の要部と看做し該図形は附記的のもの」であるといつている。しかし本件商標と全然同一の商標につき第三類化粧品等を指定商品とする別件においては、特許庁は『本願商標は「リラ」の図形自体も要部と認められる」と認定し、宝塚の文字については「宝塚の文字は宝塚商店街を表示するものに過ぎない」とする認定している位であるから、本訴において被告が答弁として、「リラ」の図形は附記的のものであるとの理由を以て右両商標の称呼等が類似していると主張するのは理由のないものである。故に、本件商標においては図形と文字との間に軽重の差のないものであり、かかる場合図形と文字とが包括、不可分一体的に称すべきことは夙に特許庁が審決例を以て世に示されたところであり(甲第二号証)、本件商標の称呼は「リラタカラヅカ」印であつて、単なる「タカラヅカ」の称呼を生ずるに過ぎない被告引用の登録商標とは、称呼上全く非類似のものである。(証拠省略)

被告代理人は主文と同趣旨の判決を求め、事実上の答弁として、

(一)  本願商標は円形の「リラ」図形(被告は答弁書においてはこれを「ハープ」図形と称している)の中央に「TOC」の欧文字を左横書し、該「リラ」の胴体内の下部に「宝塚歌劇」の文字を左横書したものの下部に、極めて顕著に「宝塚」の文字を左横書して成るものである。次に、本願商標の登録拒絶理由に引用した登録第一三九八〇八号商標は「宝塚」の文字を縦書して成るものである。そこで右両商標が互に類似しているか否かの争点について考えてみるに、両者の構成態様は各々前述の通りであるから、外観上では互に類似していることは次に述べる通りである。

(二)  原告は、本願商標は「リラ」の図形と「宝塚」の文字とが一体的不可分に構成されているものであるから、少くとも、図形と文字とを一括して称呼し、観念するのが自然であると主張しているが、このような商標が称呼観念されるとは限らない。なぜならば、本願商標が「リラ」の図形を上部に配し、その下部に「宝塚」の文字を右の図形よりも顕著に記してあるので、商取引者の間では、むしろ「宝塚」の文字を商標の要部と看做し、該図形は附記的のものと看過し勝ちになる。従つて、本願商標からは「宝塚」の称呼、観念をも生ずるのは不自然ではない。

(三)  よつて、本願商標は「宝塚」の文字から成る引用の登録商標と類似の商標であつて、同一又は類似の商品に使用する本願商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものであるから、同趣旨に基いてなされた本件審決は正当である。原告は既登録例を挙げて主張するところがあるけれども、右は本件の審理をなすについての基準となすことを得ないものと思料する。

(四)  原告の挙示する特許庁審決例(甲第二号証)及び文字商標集(甲第三号証の二第四号証の二)に記載された商標はいづれも図形と文字とが分離することなく結合又は重合しているもので、これらは本願商標のように「リラ」の図形を上部に配し、その下部に「宝塚」の文字を顕著に横書して成るものとはその態様に著しい差異がある。従つて、原告の引用する登録商標は図形をも同時に称呼する場合もあり得るが、又一方、単に文字のみについて称呼する場合あり得るのであつて、要は各商標の具体的構成に徴し決すべきものである。「抑々商標は商品の標識であるから、該商標中に一般に親しみ深い部分は最も顕著性に富むを以て其の主要部と看做すべきものとす」との大審院判決(昭和四(年)オ第一六七五号同年二月二十九日判決)に徴し、本願商標の態様からは「宝塚」の称呼、観念をも生ずることは何等不自然なことではない。

(五)  原告は本願商標と同一商標の別事件(昭和二十五年抗告審判第四九五号)において、本願商標は「リラ」の図形自体が要部で、宝塚の文字については宝塚商店街を表示するに過ぎないと認定しながら、本件の商標については「リラ」の図形は附記的のものであるとの理由は成り立たない、と述べているが、登録当時において特別顕著性を有していたものが現在にあつてはその要件を喪失する場合が存するのである。従つて、引用登録商標が登録当時特別顕著性ありとして、その商標は登録せられたものであり、前記の「宝塚」の文字が現在にあつては、宝塚商店街を表示するものであるから、特別顕著性なしと認定したのは、商標法第八条の規定に徴し時宜を得たものである、と陳述した。(証拠省略)

三、理  由

本件出願商標はいわゆる「リラ」の図形を描きこの図形の中央に「TOC」なる英字記号を横書きに表示し且つ「リラ」の図形の下部胴体内に「宝塚歌劇」の文字を左より右へ弧状に横書きして表示し、更らに、「リラ」の図形外下方に同図形より小ならしめた同大の「宝」及び「塚」なる文字を左より右に横書きした図形と文字とを構成資料とする結合商標であつて、第四類石鹸を指定商品として登録出願したものであること、次に、本件審決において引用している登録第一三九八〇八号商標は「宝塚」なる文字を縦書きに表示して成り、旧第四類石鹸を指定商品としているものであることはいづれも当事者間に争がない。

而して、右両商標の構成している態様からみれば、外観においては互に類似していないものと認むべきことは勿論であるが、その称呼及び観念において右両商標が互に類似していないか否かについては一考を要するものがある。

思うに、原告の主張によれば、本件商標を構成する図形は「リラ」という名称を有するものであつて、古代ギリシヤの抱琴であり、又、原告会社経営の一部門である宝塚歌劇団の紋章として数十年来世人に周知せられてきたものであるというのである。しかし、右の図形が、原告の説明するように、古代ギリシヤの抱琴で「リラ」という名称を有するものであるとしても、そのように「リラ」という名称を有する抱琴であることについては、本件商標の指定商品である石鹸の取引に関係するような一般の人達の間に広く知れ亘つているとはいえないのである(本件商標の図形が人によく知られている「ハープ」でないことは原告が特に説明している)。しかも、その図形には「リラ」という名称を示すような文字は少しも現われていない。又、原告はいわゆる「リラ」は原告会社経営の一部門である宝塚歌劇団の紋章として数十年来世人に周知せられてきたものであるというが、このようなことは、これまた一般公知の事実として顕著な事実に属するとはいえないのは勿論又これを認めうる証拠がない。従つて、右のような場合においては、石鹸の取引に当る世人が本件商標を目して、これに「リラ」という称呼を与える可能性のあることは到底期待することはできないのである。又、原告のいうように、図形と文字とが不可分的に結合されているものとしても「リラ宝塚」というような称呼も生じないのであつて、本件商標の構成部分の内一般の世人によく知れ亘り且つ親しみの深い「宝塚」という文字の部分が最も顕著性に富み、商標の主要部分を構成するものと認められ、これに従つて「宝塚」印という称呼と観念を生ずるものと認めるのが相当である。

原告のいうところは、以上の説明に反し、原告独自の見解を主張するものであつて、正当ということはできない。

以上説明した通り、本件商標は「宝塚」の文字からなる引用登録商標と称呼及び観念の点において類似の商標であつて、いづれも石鹸を指定商品とするものであるから、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒絶せらるべきものである。

よつて、本件審決は正当で、これが取消を求める本訴請求は不当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条の各規定を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)

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